舞台鑑賞備忘録シリーズ。
前回はこの作品でした。
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今年のゴールデンウィークで、唯一のイベントが、この博多座での『千と千尋の神隠し』鑑賞でした。
この数年間の博多座のイベントでは、神田伯山さんの独演会と並んでチケットを取るのが大変で、それなりの公演期間がある+再演にも関わらず、かなり人気があったみたいです。休日の公演は、まさに「瞬殺」で、予約開始数分後に、電話がつながったと思ったら、もう全席ソールドアウト、という状態でした。
2021年に劇場公開された、このスタジオジブリ・宮崎駿監督のアニメーション映画は、2020年公開の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」に抜かれるまで、ずっと日本国内での映画興収ランキングの1位に輝き続けていました。
そして、アカデミー長編アニメ映画賞も受賞しています。
劇場公開から20年以上経っていますが、テレビ放映やDVDで観た若い人も多いはず。
主人公の「千尋」役に、橋本環奈さんと上白石萌音さんという今をときめく人気若手俳優(いま、「女優」って使いづらい言葉になっているみたいですね)ということもあり、2022年に舞台化され、初演された際も大人気で、作品としての評価も非常に高かったのです。
今回の千尋役は、橋本さん、上白石さんに加えて、川栄李奈さん、福地桃子さんの4人となり、僕が観たのは川栄李奈さん主演の公演でした。
同時期に、橋本さんと上白石さんはこの作品のロンドン公演に参加されていて、橋本さんが出演予定の回をキャンセルし、上白石さんがその回は代演した、というのがYahoo!ニュースのトップページでとりあげられ、橋本さんがプチ炎上していたんですよね。出演キャンセルについて、もっと詳しく説明すべきだ、とか、代演してくれた上白石さんへの感謝の言葉がメディア向けへのコメントにないのは失礼だ、とか。
もともとこのクラスの俳優さんが2人キャスティングされている時点で、今回のような事態が起こることも想定してたはずだし(新型コロナ下で上演がはじまった作品ですし)、2人のあいだでは「お互い様だから、任せてゆっくり休んで」というくらいの出来事だったのではないか、とは思うのですけどね。
僕は川栄さんが以前、イチロー選手とオリックスのCMに出演していたのをタクシーの中で見たのが、すごく記憶に残っているのです。
この、ものすごく綺麗とか存在感がある、というわけじゃないんだけれど、なんか気になる女性は、いったい誰だろう?
それが川栄さんだったんですよね。
「おバカキャラ」としてバラエティ番組でも活躍されていたのですが、俳優さんとしては、良い意味で、すごく透明感があって、何の役にでも染まってしまう、そんな印象を持っていました。
前置きが長くなったのですが、この舞台『千と千尋の神隠し』、本当にすごい舞台でした。
福岡まで来るような舞台はそれなりの期間+数を観てきたのですが、映像を出せる大きなスクリーンに、回転して「油屋」のさまざまな場面に切り替わる舞台のセットの豪華さ、そこを縦横無尽に動き回る、アニメから飛び出してきたようなキャラクターの再現度に驚かされました。
湯婆婆の登場シーンなどは、『コンバトラーV』かよ!と、心の中で全力でツッコミを入れてしまいました。
アニメの細かい演出を、鍛え上げられた人間の集団のチームワークで再現しようとしているシーンの数々には、「そのために、ここまでやるのか!」と黒子として頑張っている人たちに感動せずにはいられません。
僕はアニメ映画の『千と千尋の神隠し』って、ストーリー、とくにその解決編の部分(ほぼ全国民にネタバレしている映画だとは思うのですが、「ハクは実は◯◯だった!」という点など)が、どうも強引というか、唐突すぎて、しかもそれで大団円になってしまうのがスッキリしなくて、そんなに好きじゃないのです。
基本的なストーリーは、この舞台版も映画をなぞっているのですが、観ていてあらためて感じたのは「こんなおどろおどろしい、不気味な話が、長年、日本での映画興行収入1位だったのか」ということでした。
『千と千尋の神隠し』って、冒頭から、両親の豚化、人間差別、「湯屋」という異世界空間など、ひたすら「不穏」なんですよ。人間がやっているのをみると、なおさらそれを感じます。この話、かなり怖くない?子どもの頃に観ていたら、しばらく豚肉食べるのをためらうかもしれません。
なぜこんな不気味な話が大ヒットしたのか、ジブリパワーなのか、人は不気味なものだからこそ惹かれるのか?
あの世界観をお金と手間をかけまくって舞台で再現しようとしたのは本当にすごかった。
主人公・千尋を誰が演じても、作品としてのトータルパッケージの完成度で圧倒し、観客を満足させるだけのシステムが築かれている舞台だと思います。
そんなにわかりやすい話ではないはずなのだけれど、『千と千尋の神隠し』は、ほとんどの観客がどこかで観たことがあるでしょうし、久石譲さんの音楽が生演奏されているだけでも、もう「参りました」なんですよね。あの音楽が使えるのは大きい。
ただ、誰が主役でも、それなりに面白くなるパッケージであるだけに、観客は、橋本環奈さんと上白石萌音さんを比べたがるでしょうし、今回から参加している、川栄さん、福地さんにとっても、「作品がスベる心配はないけれど、他の『千尋役』と比較されてしまう怖さ」はあるはずです。
みんなちがって、みんないい。
それはそうなんだけれど、意識するな、というのは無理だと思う。
僕は川栄さんの「色がついていない、まっさらな千尋」は、素晴らしいと思いましたし、川栄さんがカーテンコールの最後まで観客への気配りを続けていたことにすごく好感を持ったのですが、橋本環奈さん(あるいは、上白石さん、福地さん)の千尋も観てみたいな、どんな感じになるんだろうな、という興味も出てきたのです。
正直、チケット代もそれなりに高い(A席16000円)ので、そうそう観に行けるものではないのですが、ステージを観ると、このチケット代も納得、というか、経費的なものを考えると、そんなに儲かるものではなさそうです。そのくらいの豪華さと手間を感じました。
最初のほうは、「でも、こんなにアニメ映画に寄せようとするのなら、もう、アニメの方を観てしまえば良いんじゃない?」って思いながら眺めていたんですよ。
個人的には、やたらとお金をかけて、立派な舞台装置をつくって、すでにみんなが知っている話を舞台化して、「誰が演じても面白くなるようなパッケージ」に人気俳優をキャスティングするような演劇(舞台)は、なんか違うんじゃないか、という気持ちもあります。
アカデミー賞の「役者が本人にどれくらい似ているかを競う主演俳優賞」にも、違和感があるのです。
ただ、この舞台『千と千尋の神隠し』は、やっぱり豪華ですごいし、面白い。
漫画『美味しんぼ』で、「豪華な高額メニューよりもふるさとの味」みたいなやり取りのあとで、「でもやっぱりキャビア!フォアグラ!みたいなやつも用意してます!」みたいな話があるのですが、なんのかんの言っても、この「贅を尽くした大盤振る舞い」は魅力的で、逆らえない。
舞台とはこういうものだ、みたいな固定観念にとらわれていたら、「舞台らしい俳優同士の丁々発止のやりとり」を見せることにこだわりすぎてしまったら、もう、舞台は「観客にとっては、コストに見合わない過去のもの」になっていくだけなのかもしれません。
まあなんか、わかったようなことを書いていますが、万人向けで、入場料分(あるいはそれ以上)の価値があった、と感じられる舞台でした。
『ワンピース歌舞伎』を観た経験がなければ、もっとインパクトが強かったと思います。
子どもに見せてあげたくなるよね、この舞台は。
観客の反応も、すごく良かった。観た人たちの満足感とこの場にいる喜び、川栄さんはじめ、キャストへの温かい気持ちが伝わってくるようなカーテンコールでした。
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